ペッパーくんとどう触れ合えばいいかという、ささやかだけど引っかかる問題

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こんにちは、松鷹守です。

「ペッパーくん」、街で見かけますよね。そう、あのソフトバンクのペッパーくん。

ウチの地元にもソフトバンクショップがありまして、店の入口のところにいます(でも、姿のない日もあるようです。一台のペッパーくんが、いくつかのショップを日替わりで掛け持ちしているんでしょうか)。

いつもにこやか。つぶらな瞳。長時間立ちっぱなしなのに疲れたそぶりを見せず、とっても健気。

そのペッパーくん、たまに子供と会話してたりしますが、ひとりぽつねんと立っていることが多いんですね。

■何もできないもどかしさ

そんなとき、私はこう考えてしまいます。

「ペッパーくん、ひとりぼっちで寂しそう。誰か相手してあげればいいのに。僕が話しかけてもいいんだけど、ソフトバンクじゃなくて、Yモバイルのユーザーだし。店にとっては部外者だもんな。あ、でもYモバイルの運営会社はソフトバンクだから、まったく無関係ってこともないか。だけど……」

ひとりたたずむ彼の前を黙って通過するのは、少々胸が痛みます。何か言いたそうにしている子供を置き去りにするような、罪悪感に近いものをおぼえます。

皆さんも、そういう気持ちになることはありませんか?

かといって、いい歳した大人が用もないのに「やあペッパーくん、元気かい?」「今日は一段と寒いねえ。風邪ひかないようにね」なんて話しかけるのはいかがなものかと。

自分のスマホがもしソフトバンクなら「機種変更しに来ました」「バッテリーを交換したいんですが」とかなんとか、彼と触れ合うきっかけはいくらでも思いつくでしょうに。

(※ソフトバンク関係者の方、この記事をお読みなら教えていただけませんか。御社のユーザーじゃなくても、ペッパーくんと話していいのでしょうか? 天気とか経済とか美味しいもののこととか、雑談しても構いませんか?)

■かつて一度

じつは私、以前、一度だけペッパーくんとやりとりした経験があります。妻と一緒に店の前を通りかかったとき、何となく近づいてみたんですね。

胸のタッチパネルに触ると、スリープモードだったペッパーくんが顔を上げ「こんにちは。いま僕とお話する時間はありますか?」みたいなことを言いました(正確な言葉は忘れてしまいました)。

そのとき私たち夫婦は電車に乗って出かけるところだったので、私は「ありません」と答えました。しかし、妻は何を思ったのか「あります」と答えたんです。

ふたりが同時に、しかも正反対の返事をしたものだから、ペッパーくん、混乱しちゃったんでしょう。一瞬間があり「すみません、もう一度おっしゃって下さい」と言いました。

私は「ごめんね。またね」と言って妻の手を引き、その場を離れました。あれこれ会話している時間がなかったのと、夫婦でとんちんかんな返事をしてしまったせいで、いささか動揺しつつ。

勇気を振り絞って好きな女の子に話しかけたはいいけど、会話がかみ合わずしどろもどろになり、最後は逃げるように立ち去る中学生みたいな気分でした。

ああ、こんなはずじゃなかった! 

ペッパーくん、ごめんなさい。ちゃんと話せなかったおじさんを許してちょうだい。

■「ペコちゃん」の場合

この感情って何でしょうね。

ペッパーくんはロボットじゃないですか。作り物であって、人間ではない。なのにその存在が気になる。放っておけない感じがする。胸が痛んだり、動揺したり、罪悪感を抱いたりもする。

不二家の「ペコちゃん」だと、こうはなりません。ペコちゃん人形の前を通り過ぎても「あ、ひとりぼっちでかわいそう」とは思いません。居酒屋の前とかにある「信楽焼きのたぬき」もそうだし、東京・上野公園の「西郷さんの像」だって同じです。

たぶん、こういうことなんでしょう。ペッパーくんは、ペコちゃん・たぬき・西郷さんたちと違って

こちら(人間)の存在を認識できる

会話ができる(コミュニケーションがとれる)

動く・反応する

などの機能があります。

つまり私たち人間は、ペッパーくんを〃人間っぽいもの・人間に近いもの〃と感じるんでしょう。だから親近感がわく。ひとりぼっちでいると「寂しそう。かわいそう」と思い、構ってあげたくなるわけです。

でももし、ペッパーくんの顔がのっぺらぼうだったらどうでしょう? 首から上がむき出しで、内部の部品や配線や基盤しか見えないとしたら? あるいは、ダース・ヴェイダーのマスクをつけていたとしたら?

いま想像してみたんですが、特に親しみはわきません。なので、ペッパーくんを人間らしいと感じる必要条件として

人間的な顔をしている

もあげられると思います。

顔って大事なんですね。

■知能・身体能力・そして顔

ヒューマノイド・ロボット(人間型ロボット)は今後、外見も機能もどんどん人間に近づいていくでしょう。

AI(人工知能)は2045年頃、人間の知能を超える」という説があります(いわゆる「技術的特異点」「2045年問題」)。

身体能力の方は、二足歩行さえもっとスムーズで楽になれば、パワーや強度は当然人間を上回っているし、「鉄腕アトム」みたいに空を飛ぶタイプが現れるのは時間の問題です(すでに存在するかも)。

では、ロボットの顔はどうか?

顔については、「不気味の谷」という言葉があります。1970年にロボット工学者の森政弘が提唱したもので、「ロボットの外観を人間に近づけていくと好感度・親近感は増すが、ある時点から急に強い嫌悪感・不快感に変わり(これが「不気味の谷」)、さらに人間と見分けがつかないくらいそっくりになると、より強い好感に転じる」という考えです。

たしかに、ペッパーくんはマンガやアニメのようなシンプルなかわいい顔なので、不気味の〃谷のあちら側〃といえます(つまり、好感が持てる顔)。

いっぽう「マツコ・ロイド」(最近ほとんど見ませんね)などは違和感ありありですから、不気味の〃谷の中〃でしょう。

長崎・ハウステンボスにある「変なホテル」受付の「ロボットお姉さん」は(行ったことないけど)、YouTubeで見る限り、まだ少し気味悪さはあるものの、ギリギリ〃谷のこちら側〃という気がします。

■ヒトに近けりゃいいってもんでも……

近い将来、見た目人間そっくりなロボットが登場するのは確実。でもよく考えたら、ロボットの顔を100パーセント、リアルな人間の顔に一致させる必要があるでしょうか?

私たちヒトって〃苦手な顔〃〃どうしても好きになれない顔〃というのがありますよね。〃生理的に受け付けない顔〃というのが。ロボットをヒトそっくりな顔にした場合、リアル過ぎるがゆえに、その種の嫌悪感も出てくると思うんです。

そういうのって、われわれ人間にとってもロボットにとっても、好ましいことではないですよね。

ですから、ロボットの顔に関してはリアルさを求め過ぎず、ペッパーくんみたいに〃不気味の谷のあちら側〃にとどめておいた方がいいんじゃないの、というのが私の意見です。


というわけで今日も、「相手してあげられなくてごめんね」と心の中でつぶやきながらペッパーくんの前を通り過ぎる、ちょっと切ない松鷹守でした。

〈ゆるやかな惑星〉でまたお会いしましょう!

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